2013年5月27日月曜日

2013年東京みなと祭


2013-05-26

昭和16年5月20日の東京港開港を記念して行う「東京みなと祭」。
今年は5月25日(土曜)・26日(日曜)に開催でした。!
 東京港の役割が分かるイベントなどが満載の2日間でしたが、

用事が有り最大目玉であるショ-は見学に間に合いませんでした。
来年は是非~~!!

















2013年5月22日水曜日

東京スカイツリ-1周年


2013-05-22

東京スカイツリー“1周年期間記念ライティング”
5月22日は開業1周年を記念して、12種類のライティングを実施しまた!
  1. 19:00-19:10  21:00-21:10 
2. 19:10-19:20  21:10-21:20 
3. 19:20-19:30  21:20-21:30 七夕
4. 19:30-19:40  21:30-21:40 防災の日
5. 19:40-19:50  21:40-21:50 オリンピック・パラリンピック招致
6. 19:50-20:00  21:50-22:00 シャンパンツリー
7. 20:00-20:10  22:00-22:10 冬雅
8. 20:10-20:20  22:10-22:20 冬粋
9 20:20-20:30  22:20-22:30 ホワイトツリー
10. 20:30-20:40  22:30-22:40 キャンドルツリー
11. 20:40-20:50  22:40-22:50 桜「咲」
12. 20:50-21:00  22:50-23:00 桜「舞」

拡大でご覧頂けると嬉しいですね。
撮影スポット・北十間川の十間橋













2013年5月21日火曜日

海ほたる


2013-05-21

東京湾アクアラインは東京湾の中央部を横断する延長約15kmの有料道路で、
首都圏幹線道路網の一部を構成するものです。
この道路は開発余地のある房総地域と開発の進んだ京浜地域を直結し、
その交流を促進するとともに東京、横浜、川崎、千葉、木更津などの
湾岸各都市の連携を強化し、首都圏のバランスのとれた発展に寄与します。











千葉県養老渓谷


2013-05-21
大多喜町と市原市を流れる養老川では四季折々の渓谷美が見られ、
特に紅葉の景色は素晴らしい。
房総一の滝と言われる「粟又の滝」をはじめ見所が多い。
県内有数の温泉地でもある。

千葉県大山千枚田棚田

鴨川大山千枚田(県指定名勝)

2013-05-21

 鴨川市内でも、平坦な土地が少ない山間部では、
昭和50年頃までは、
面を開墾した棚田はごくありふれた風景でした。
しかし稲作の機械化と農業従事者の
高齢化が進む昨今では、
急速に姿を消しつつあるのが実情です。
この釜沼地区の千枚田は、
市内でも最もよく管理されている棚田で、
約370枚の水田で耕作が続けられています。
大小様々な田が段々に連なる千枚田の景観は、
日本の農村の原風景をとどめており、
人と自然が相互に作用して作られた
「文化的景観」としての価値が評価され、
平成14年に県の名勝に指定されました。
現在では「オーナー制度」を導入し、
景観保全とともに都市住民に
農業体験の機会も提供するなど、
地域の活性化にも貢献しています。


2013年5月19日日曜日

浅草・三社祭


昔の祭礼(観音祭・船祭)

 昔の祭りは3月17日、18日の両日に行われ、丑、卯、巳、未、酉、亥の1年おきに本祭が行われました。
 正和元年(1312)から三社の神話に基づき船祭が始められたと云われています。
 江戸時代には大祭前夜、神輿を観音本堂の外陣に安置されました。びんざさら舞も堂前の舞台で行われていました。そのことからもわかる通り、当時は浅草寺と一体となった祭りで、「観音祭」又は「浅草祭」と呼ばれました。
  昔の氏子は観音の縁日にちなみ十八ヶ町あり、南から諏訪町、駒形町、三間町、西仲町、田原町、東仲町、並木町、茶屋町、材木町、花川戸町、山之宿町、聖天町、浅草町、聖天横町、金竜山下瓦町、南馬道町、新町、北馬道町、田町がそれでした。このうち材木、花川戸、聖天を宮元三ヶ町と呼び、すべてを総称して浅草郷とも千束郷とも云いました。
 祭礼は今のように本社神輿をかつぎ廻ることよりも、むしろ氏子十八ヶ町や、片町、茅町、天王町、黒船町、三好町などから繰り出された山車が中心で、各町がおのおのの趣向で行列の勢いと絢爛さを競い合ったようです。この様に昔の祭礼は蔵前筋や浅草橋の各町にまで及ぶ広範囲のものでした。
 祭礼当日の早朝、山車を中心とする祭礼行列は浅草見附の御門外に集合しました。
 御蔵前から諏訪町、並木町と並んで仲見世から境内に入り、観音堂に安置された神輿の前に参詣の上、おのおのの芸能を演じ、随身門(二天門)を出て自分の町へ帰りました。これが終わると「お堂下げ」と云って神輿三体を本堂からおろし、一之宮を先頭に浅草御門の乗船場まで担ぎます。待機していた大森在住の漁師の供奉する船に神輿をのせ、浅草川(隅田川)を漕ぎあがって駒形から上陸し、浅草神社にかつぎ帰ったと云われています。この船祭は江戸末期まで続きました。明治に入って廃絶し、明治五年から5月17日、18日の両日に祭礼を行い、現在の氏子各町に神輿の渡御を行うようになりました。


2013-05-17
お囃子屋台・鳶頭木遣り・びんざさら舞・白鷺の舞などが行列をつくって浅草の町を歩く











2013-05-18
町内神輿連合渡御~~浅草神社境内・浅草寺境内









2013-05-19
本社神輿宮出し・午前6時00分より
入場者制限の為入場出来ず写真は撮れません。
本社神輿各町渡御。午前8時00分より